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つれづれ猫日記

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おつきさま

今日は、中秋の名月。
夜、土砂降りになったので、少し心配したが、お月様は顔を出してくれた。
すみくろとベランダで月見。
とはいえ、月を眺めているのは私ばかり。
すみくろは「何してるのにゃ?」と私の顔を眺めてる。

3年前、やはりここから月の写真をとって友人にメールした。
彼女は、病院のベッドの上だった。
次の年の月は見られないことを納得して、闘病生活を送っていた。

私がしてあげられることは何もないのか?
医者をしている友人に尋ねた。
「普段通りにしてあげること。学生時代、一緒にすごしたときと同じように接してあげられるのは君だけ」と言われた。
ふるさとを離れて暮らしている彼女に、
自分がその日過ごした名古屋の風景を、思い出したように報告した。
できるだけ、さり気なく。
上手にできたかどうか、もう彼女に尋ねる術はないが。
季節は夏から秋。
取材で食べた「栗きんとん」の写真を送ったこともあった。
「もう、そんな季節なんだね~」と返事。
「あのメールみたら。急に栗きんとん食べたいっておかあさん。あのあと食べたんだよ」
墓参りのときに娘から聞いた。
寒い季節が来る前に、逝ってしまった。

学生時代から、はっぱを掛けられていた。
病院のベッドでも、見舞いにいったほうの私が逆に
「あんたの将来が心配。そんなにぼんやりしてて」と
いわれたっけ。
こちらこそ、一緒におばあちゃんになれるんだと思ってたよ。
「あのときはさあ」なんて、思い出話を将来するつもりでいたんだよ。

見晴らしのいい病室だった。
あそこからはどんな風に月が見えていたのだろう。
「月はどこでみても同じ月だけどね」といいつつ、送った私。
同じ月をみていることで、彼女の存在を確認したかった。


今、どこで彼女はこの月をみているのだろう?
「しっかりしなよ!」
友の声がいま、とても聴きたい。
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by buchi128 | 2010-09-22 23:00

ご近所の底力

「万が一のことがあったら、あそこに私の友達が埋まってるかもしれません!って瓦礫の中から探してね!」
近所に住む友人にそう、時々、話している。
偶然ではあるが、高校時代の同級生とこれまた親しい友人夫妻が道を隔てた近くに住んでいるのである。

都会(といっても名古屋だけど)のマンション暮らしになって早10年以上。
マンションの住民の方とはあいさつをするようにしているが、
正直言って言葉を交わしたことがない人も数人いる。
万が一、そう、巨大地震に見舞われたとき、
ひとりで暮らしている自分はいつ、いかなる方法で逃げ、
そしてご近所に助けを求めればいいのだろう?

思っちゃいるけど中々実行できないというのも事実。

明日(19日)放送になる
「news every スペシャル 
巨大地震からの教訓!近所の絆が命をつなぐ

(中京テレビ 16時半から)で、そんな近所の力に注目した。

阪神淡路大震災をきっかけにマンションの自主防災をスタートさせたという加古川のマンションを取材した。
いざ、というときの炊き出し用に準備されているのは「イカ焼き機」。関西名物でみなさんの大好物。粉は各家庭で常に余分に常備し、いざというとき持ち寄ることになっている。マンションで定期的に行われる祭りでだされるイカ焼きが、そのまま手早く焼く訓練になっているという一石二鳥。災害時の水を確保するため、自費で井戸も掘った。これも、災害時だけでなく、みなさんの井戸端会議の場所に、子供たちの水遊びの場所にと普段は使われている。こうした「普段遣い」の防災が、自然に身についていることの素晴らしさに感心しきり。しかし、これも一朝一夕にできあがったシステムではないとのこと。10数年かけてあいさつからスタートしたと世話役の0氏は語る。
肩肘張った「防災訓練」をするのではなく、自然に住民同志が声をかけあい、助け合い、気にしあう暮らし。
これをつくってきたことこそが、「最大の備え」であり「ライフライン」なのだ。

私事だが、昨年、母が急病で倒れ救急車で運ばれた。
その折、ずっと親身になって力になってくださったのは、母がずっとおつきあいをつみあげてきたご近所のみなさんだった。「イザ」というときの「ご近所の底力」はやはりすごい。
そしてそれは、自らつくってこなくてはいけないものなのだと痛感したばかり。

とはいえ、常備している非常用持ち出し袋も購入したときのまま、部屋の隅においてある私。
まずは足元からちゃんとしないとね。
「紺屋の白袴」にならぬように。
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by buchi128 | 2010-09-18 23:11

帰ってきたごんぎつね

a0085246_2102863.jpg久しぶりにふるさと半田の新美南吉記念館へ。

ごぞんじ『ごんぎつね』の作者。
実は、高校の大先輩(旧制中学ですけどね)にもあたるため、南吉への思いはちょっと特別なものがある。

今回の目的は「知多半島におけるキツネの生態と民俗」の公演を聴くため。
講師を務められる相地 満先生は、以前、『てれび博物館』という自然科学番組を担当していたおり、大変お世話になった方だ。知多半島の里山のお話を取材させていただいていた10数年前、もはや知多半島にいなくなったといわれていたホンドギツネの目撃が飛び込んでき、非常に興奮したことを今も鮮明に覚えている。そのため、今回、「帰ってきたごんぎつね」についてオハナシをされるときき、早速かけつけたというわけ。

『ごんぎつね』はもちろん『手袋を買いに』『狐』など、南吉の作品にはキツネがよく登場することは知られているとおり。以前は、「自然の豊かな里山の風景の中、それに親しんだ南吉があたりまえのようにキツネをモチーフに選んだ」のだと、単純に思っていた。ところが、どれもが自然観察者としての南吉の確かな生態観察に裏打ちされた物語だったということを知り、感動ひとしお。


a0085246_2105881.jpg例えば『手ぶくろを買いに』。
冬をむかえ、手が冷たいと訴える子ギツネに、母ギツネがお金を渡して人間の町で手袋を買ってくるようにいう物語。「人間にひどい目にあったことがある母ギツネがどうして子供をひとりで人間の町へ使いにやるのか!」とつっこむ読み手があるとか。しかし、これも、本来ならこの季節には、すでに子ギツネは巣穴からでて独立しているはずなのだという。それにもかかわらず、母と一緒にいるのである。母は厳しい子離れの訓練をしているのだととらえられなくはないか? 百歩譲って南吉がそこまで思いを込めてはいないにしろ、冬に親子のキツネが巣穴で生活することが「常ではない」ということを彼がちゃんと知っているからこそこういう物語を紡げるのだ。ゴンぎつねがひとりで暮らしているのも、もちろん南吉の観察眼のなせる設定と考えられる。

単に情に訴えるだけでなく、しずかに、ゆたかな生き物の営みをみつめていた南吉だからこその物語。
他にも蛍、彼岸花、でんでんむし、蝶などなど実に多様な生き物がいきいきと描写されている。「ルナールまがひ」と称された一連の詩の数々も彼の命にむける瞳のやさしさとユーモアがストレートに伝わってくる。29年の生涯、死と向き合う晩年の日々には、ますますその瞳はさえわたっていく。こんなに多くの詩も残しているとは、恥ずかしながら知らなかった。

そんな優れた自然観察者・新美南吉の顔を、覗くことができる展覧会も開催されている。

「帰ってきたごんぎつね」 ~知多の自然と南吉文学~  11月3日まで

          新美南吉記念館 0569-26-4888


a0085246_212870.jpg


この土手をごんも走った…かも?
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by buchi128 | 2010-09-12 23:38



今日も道端で出あった気になる猫と、きままなおしゃべり
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